作家インタビュー第26回 にょろっぴぃさん

インタビュー作家座談会

にょろっぴぃさんは21歳。法学部でおもに国際関係論を勉強しています。nikoli.comやニコリのケータイパズル数独では、去年の年末から問題を提供してくれている若手作家さんです。

(竹)小さいころ、パズルで遊んでいましたか?

にょろっぴぃ小さいころからパズルは好きでした。まだ5歳くらいのときに本屋でイラストロジックの本を手にとって『ママこれ買って』とねだったのを覚えています

(竹)5歳からパズルを解いていたんですね。どのへんに興味をもったんでしょう?

にょろっぴぃ数字が書いてあったから気にいったんだと思います。当時はとにかく数字が好きな子どもで、2の累乗を25乗(注:2の25乗は33554432です)まで暗唱するとか、素数の表を作ったりしていました。今思うとむかしの自分はいろんな意味ですごかったと思ってしまいますね(笑)

(竹)ニコリのパズルとの出会いは?

にょろっぴぃ小4のころです。イラストロジックに飽きたのか、隣にあったぬりかべのペンパ本を買ったのが最初です。黒くぬるパズルが好きだったみたいです。『パズル通信ニコリ』は71号(隔月刊最後の号)から買いはじめました

(竹)そのあと『パズル通信ニコリ』は月刊になり、しばらくして季刊に戻ったのでした。パズルの投稿を始めたのはいつ?

にょろっぴぃ中1のときです。92号のオモパのコーナー(新しいペンシルパズルのルールをみんなで考えるコーナー。毎号、新しい『オモロパズル』略して『オモパ』が生まれています)に『ナンロー』というパズルを載せてもらいました。それが最初です

(竹)ナンローというのは、部屋で区切られた盤面に数字を入れていくパズルなんですが、数字が部屋に入る数字の個数そのものを表していたり、部屋をまたいで同じ数字を入れるのが禁止だったりと、複雑なルールがたくさんあるマニアックなパズルだったのでした。当時読者だったボクは気にいって何回か投稿した記憶があります。でも一般受けはしないパズルでしょうね。それはそれとして、最初からオリジナルオモパとはすごいですね

にょろっぴぃどうして急に投稿しようと思ったのかはよく覚えていないのですが、ナンローを思いついて勢いで投稿したみたいです。その後も何度かオリジナルパズルのアイデアを考えた時期はありましたが、ナンローのようにはひらめかなかったようです

(竹)大学でパズル同好会を作られたんですよね?

にょろっぴぃはい。最初は大学で知り合った3人で作って、学園祭に参加しました。最初はけっこうテキトーでしたよ。みんなほかのサークルと兼務だったこともあって、部屋に会員が1人もいなくてパズルの紙だけが置いてある、という時間帯もありました。ヒドイですね。そんな紆余曲折を経て今では全部で25人くらい会員がいます

(竹)パズルの中身の話に移ります。好きなパズルを教えてください

にょろっぴぃいちばん好きなのはひとりにしてくれです。制約が少なくて、作るときの自由度が高いのがいいです。ただ、そのぶん、どんどん難しくなっちゃうんですよね。自分の中サイズのひとりにしてくれが『パズル通信ニコリ』に初めて載ったとき(注:『パズル通信ニコリ』108号に掲載されています)、載った問題を改めて解いてみたら解けなかったんですよ(笑)。なかなか次の一手がみつからなくて。自分ではそこまで難しく作ったつもりはなかったみたいですけど、『これは気づいてもらえるだろう』っていう思い込みが恐いですね

(竹)そうですね。『解く人を誘導していく』という意識を強くもって作らないと、いい問題はできないですね。ほかに好きなパズルはありますか?

にょろっぴぃナンバーリンクも好きです。理詰めで解けないところがおもしろいです。ただ、こだわりだすと作るのに時間がかかるのが難点ですね。たとえば、数字を点対称の位置に置いて作ろうとすると、ひどいときは数時間かかって結局投げ出してしまったり(笑)

(竹)ナンバーリンクは直感で解くパズルなので、とっても難しく作っても許されるところがありますよね

にょろっぴぃはい、そこは大きいですね(笑)

(竹)苦手なパズルはありますか?

にょろっぴぃいちおう文系ですけど、言葉を使ったパズルはほとんどダメです(笑)。あと、作るほうではスリザーリンクとましゅが苦手です。流れがうまいと思う問題を研究してみていざ作ってみると、やっぱりちっともスムーズに進まないんですよ

(竹)にょろっぴぃさんの作る問題には、難しいものが多い印象があります。やっぱり難しいのを作りたいという気持ちが強いですか?

にょろっぴぃ難しい問題を作るというより、趣向に走った問題を作ったら結果的に難しくなったという感じです。最近はこれでもやさしい問題も作るようになったのですが、むかしは趣向に走った問題だけを作っていたいという気持ちだったんです。作る問題のうち、8割はすらすら解けるもの、2割はガツンと難しいものというのが今の理想です。ナンバーリンクだけは例外で、いまだにガツン10割なんですけど(笑)

(竹)やさしい問題を作るようになって、なにか変化はありましたか?

にょろっぴぃパズル全体に対してなのですが、全体の流れを意識するようになりました。特にやさしい問題は解く人がわかりやすいようにうまく誘導させることが大切だと思うのですが、わかりやすくて、それでいながら単調にならないようにすることがなかなか難しいですね

(竹)なるほど。パズル以外にハマっていることはありますか?

にょろっぴぃそうですね、サークルですとパズル同好会以外にオーケストラサークルでチェロをやっています。大学に入ってから始めました。週に2回ほど練習しています

(竹)どうしてチェロを選んだんですか?

にょろっぴぃ高校時代に部活動をやっていなかったので、大学に入ったときには4年間続けられるサークル活動をなにかしたいと思っていました。もともとクラシック音楽が好きだったので、じゃあオーケストラかなと。楽器については、とりあえず弦楽器がいいという気持ちがあったのですが、バイオリンは小さいころから習いごとでやっている人が多そうなのと、コントラバスは持ち運びが大変そうなので却下。それでチェロになりました。別にビオラでもよかったんですけど最後は構えがかっこよかったという理由で(笑)

(竹)大学生でいきなり始めて、弾けるようになるもんなんでしょうか?

にょろっぴぃ高校まででやっていた方が多かったので、最初のころは大変でしたよ。1年生のころはほとんど毎日練習していた気がします

(竹)じゃあ、今はバリバリ弾ける?

にょろっぴぃバリバリなんてとんでもないですけど、始めたころに比べれば、3年でだいぶ弾けるようになったという実感はあります。でもまだまだ未熟な点も多いので、大学を卒業した後もなんらかの形で続けていきたいですね

(竹)ぜひ今度演奏してください

にょろっぴぃとんでもないです(苦笑)

(竹)パズル作家としての夢はありますか?

にょろっぴぃ作家としての夢というと難しいのですが、将来は国連職員などなんらかの形で貧しい国に関わる仕事がしたいと思っているので、仕事とともにパズルを広める活動ができればと思っています。たとえばの話ですけど、サッカー選手の中田英寿が引退してから世界を回ったとき、サッカーボール1つで世界中の人々とコミュニケーションをとっていたのがすごく印象的だったんです。なにか1つでいいから自分の武器があれば、言葉が通じなくても世界との距離が一気に縮まる。そこで自分の武器はなにかと考えたときに、パズルだったんです。ヒデと同じように、にょろっぴぃは紙と鉛筆で世界とコミュニケーションをとりたいんです(笑)

(竹)パズル界のヒデですか。それはかっこいい!

にょろっぴぃ身近な話でいえば、パズル同好会の経験が大きいと思っています。もともとは自分たちがパズルを楽しみたいと思って、その場のノリで作ったものだから、正直始めはパズルしか見ていませんでした。でも会員が増えたり、学園祭で一般のお客さんに触れたりするにつれて、自分たちが楽しんでいるだけではしょうがないと気づきました。パズルはあくまでコミュニケーションをとるための手段なんだと。同好会全体として、もっと一般人受けされるような方向にもっていくことで、より多くの人が純粋にパズルを楽しめるような空間を作っていきたいというのが今の理想ですね

(竹)なるほど。パズルについてしっかり考えているんですね。頼もしいです。さて、今日はおもしろいお話をありがとうございました。最後に、解き手のみなさんへのメッセージをお願いします

にょろっぴぃパズルは作り手のメッセージを解き手に伝える道具です。自分はまだまだ未熟なので思ったように伝わらないところも多いと思いますが、解きながら作者の問題に対するメッセージを少しでも汲みとってくれればうれしいです


インタビュー : 2009年5月 2009年6月9日公開